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雨が降り続いた夏至の翌日は、強烈な快晴。

久しぶりに乗る東京の地下鉄の乗り換え距離の長さに辟易しつつ、気になっていた展覧会を廻る。
クラウディア・アクーニャの魅力的な笑顔、慎ましく繊細なステージ・マナー、そして何よりもあの声が、鮮烈な余韻としてまだ残っている。意外性と、発見。ライブを観に来て本当に良かった。

一日乗車券を買ったので、街を感じたくて、用のないところへも足を延ばしてみる。
川面を見下ろす。空を見上げる。この空は、ここにしかない、と感じて、シャッターを切る。何が明らかに違うのか?そう訊かれても、今の自分は言葉にはできない。ブレッソンなら、どう答えるんだろうか?



アンリ・カルティエ=ブレッソン展(Henri Cartier-Bresson)。一つ一つの写真をじっくりと眺めている人々を追い越しつつ、感覚に訴えてくるもののみ、選択的に見ることにした。写真を撮る瞬間、そのフレームを選択した真の理由まではブレッソン自身にも説明できないだろうから、自分がすぐに何かを感じられない写真を、穴の開くほど眺めて得られるものは少ない、と思って。

一つ、確実に足が止まって動けなくなる映像があった。つららの下がる、焼け跡のような乱雑な前景の上に、靄が立ちこめ、遠くにマンハッタンの摩天楼が霞んで並んでいる。白黒だけど、冬の天気のよい日だとわかる。初めて見るのに、この既視感のような変な親近感は何?自分が積み重ねた都市感覚に呼応するもの?それとも、ブレッソンの影響が、様々なメディアを介して自分の視線に及んでいるせい?

いずれにせよ、写真で名を残しただけあって、ブレッソンの視点はどこか風変わりだ。普段見慣れているはずの景色の中に、まるで気付かない大きな様式が隠れていることを仄めかすかのような、奇妙な拘束力。そして、ここではない、どこか別の場所への行き方を確信しているかのような、人々の所作。自分が、建物の間隙、空の向こうに捕らえようとしたものも、その感覚なんだろうか。しかし次の瞬間には、何の変哲もない日常へと着地してしまう。

ビンテージ・プリントの深みが印象に残った。写真の場合、画像の質感は、撮影者の意図(具体的でないとしても)と密接な関係にあると思うので、展示用にリプリントされ、引き伸ばされた平板な印象の写真とは、決定的な差異があると感じたのだが、どうだろうか。



炎天下をくぐって、再び地下鉄へ。ギャラリー間へ来るのは、考えてみれば十数年ぶりだけど、基本的に何も変わらず、文化活動を続けているということに嬉しくなる。俗称の「ギャラ間」で検索しても、ちゃんとこの施設がヒットするので、最近の検索エンジンは、かなり柔軟なプログラムになっているらしい。

アルヴァロ・シザ(Álvaro Siza)は、世界遺産都市ポルトに拠点を置く、ポルトガルのトップ・アーキテクト。ストイックな外観と、シンプルな空間構成のせいか、今まであまり関心がなかったのに、見てみようという気になったのは、建物そのものより、それを成立させている風土やプログラムに、より関心が向くようになったからだろうか。

偏執的なほどサーフィス・コンシャスになっている最近の日本の建築物に比べると、かなり異質な存在感を持つようにみえるのは、周囲の環境との関係がはるかに強いせいだろう。海岸の岩場に張り付くように作られた有名な水浴施設は、そのボリュームの割りに豊かさを感じさせるが、それはきっと空と海を織り込んで建築してるからだ。日本にも「借景」という言葉はあるけど。

限られた展示スペースの中に、模型を数点置いてくれたのは好感がもてた。図面と写真だけでは見えないことも多いから。最近作の美術館は、曲がったスロープ状の昇降通路が壁面より飛び出しているという、シザの作品としては珍しく形的にも色気のある建物だけど、崖際の狭矮地を巧みに利用しているという面白さもある。



歩き回った暑い一日の終わりは、恵比寿のカーザ・デ・ケージョ(Casa de Queijo)へ。選んだチーズはたまたまポルトガル産。それをピザに載せて、香り高く焼いてもらった。パイプ片手のマスターはかなりの趣味人で、ファドの話をひとしきり。いつか、シザの建築を縁取っているポルトの空の深度を見てみたい。


EXHIBITION : アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌
PLACE : 東京国立近代美術館(東京・竹橋)
PERIOD : 2007/06/19 - 08/12

EXHIBITION : アルヴァロ・シザの建築
PLACE : ギャラリー・間(東京・乃木坂)
PERIOD : 2007/06/02 - 07/28
LIVE : George Colligan Trio featuring Claudia Acuna
PLACE : Pit Inn(東京・新宿)
DATE : 2007/06/22(Fri)

タイミングのいい臨時休業を有効に利用させてもらって、強雨の東海道を東へ。

かなり蒸し暑い夏至の夕暮れ、少し早めにたどり着いたピット・インの入り口前は、ライブが中止になったのかと思う程の静かな雰囲気でした。階段の前で偶々お会いしたジャズシンガーのEさんも、実は私のWEBネタを情報源にしていたというくらいなので、このツアーはあまり積極的にプロモートされなかったようです。普段のライブのように、開演後に徐々に聴衆は増えていきました。

黄色のトップに白のボトムというスタイルで現れた、クラウディア・アクーニャは、想像と全然違って、驚くほどシャイな人でした。デビューから10年経っているわけだし、もっと前に出てもいいんじゃない?と思うシーンもありましたが、しかし聴き進むうちに、すっかりクラウディアの歌い方が好きになっていました。まるで、もう1つの楽器としてトリオに加わるように、センシティヴにバンドサウンドに融け込んでゆくのです。

チリ出身のシンガーということで、無意識にエキセントリックなジャズを予期していたのですが、こういう歌い方もジャズでしょう?と、180°違うアプローチを教えられた感じ。あるいは、まだ彼女自身が、ジャズとの係わりを模索し続けていて、その過程をこうして見ているのかもしれません。それでも、今のクラウディアは、Eさんが数年前にNYで聴いたときより、数段スケールアップしているということでした。

2、3曲聴くうちに、ふと、倍音のようなかすかな高音が、どこからか聴こえて来ることに気付きました。ハイハットの残響に紛れてしまいがちなその音は、どうやらクラウディアの声と共に鳴っている様子。特に、高音で声を張っている時に。
・・・あれっ、Eさん、さっき言ってた声の「かすれ」って、もしかしてこの音のことですか?

「そうですよー。CD聴いてて気付きませんでした?」

さすがプロの耳は鋭い!私は、CDでは、なんとなく雰囲気として感じていたのみで、その正体まではわかりませんでした。それに加えて、英語のネイティヴ・スピーカーではないクラウディアの、母音の発音の微妙な曖昧さが、声に独特の輪郭を与えていたのですね。
その代わり、母国語では腰の座った声になり、奇数拍子のラテンらしいアレンジを安定感のある歌い方で聴かせます。それでも、繊細さは失われませんが。



ブログで見かけた他会場のレポにあったように、3、4曲コリガン・トリオが演ってから、クラウディアが登場するというステージ構成。ただ、2ndステージの、原朋直を招いてのコリガンとのトランペット2管によるセッションは、ピットインのみでの企画だったかもしれません。歌うように吹く原朋直のプレイと対比をつけるためか、コリガンはテンションノートを多用し、冴えた音色でテクニカルに吹いてました。

コリガンは、かなりお茶目なキャラですが、ピアノの方は、やや伸ばし気味の指で、旋律のはっきりした曲はロマンティックに、そして、どんなに速い曲でもかなり理知的に弾く人でした。ライブでは、曲の盛り上がりに合わせて様々な表情を垣間見せて楽しませてくれましたが、バランスのいいリズム隊とともに、どこか遠くへ連れて行くのではなく、プリゼンスという感覚を失わずアドリブを展開してゆくのが、このトリオの基本姿勢みたいです。

アンコールには1曲応えてライブは終了。CDの販売もなく、未入手の盤にサインでももらおうかという思惑は外れましたが、肝心のライブは満足のいくものでした。特に、今ここで生まれ続けている音楽、という印象を与えるクラウディアの声には、また聴きたいと思わせる魅力が溢れてました。

***追補***

なかなか記事を見かけないクラウディア・アクーニャについて、熱いブログを書いている方がおられました。

「Claudiaのいた夏至の夜」

<「ピアノトリオをバックに」ではなく「ピアノトリオと一緒に」やっているというスタンスのとりかた。>とは、なんていい表現。
EVENT : たんころりん-「空耳ファド」ライブ
DATE : 2007/06/16(sat)
PLACE : 愛知県豊田市足助町内各所

梅雨の合間の、よく晴れた1日のおわり。音楽の香りに誘われ、「たんころりん」の足助へ。

新聞等で紹介されるようなイベントに育ってきたとはいえ、気分よくそぞろ歩きできる程度の人出は、この町の大きさにちょうどいい賑わいでした。

目指す玉田屋旅館を探して通りを歩く耳に、ふと届いた、聴き憶えのある鉄弦の響き。木の格子の間から漏れてくるのは、エスキーナのライブでよく耳にした、"Lisboa ao Entardecer(夕焼け空のリスボン)"の旋律でした。地元のファドユニット「空耳ファ ド」を聴くのは、これが初めてですが、音が吸われてしまう木の空間で、これほどストレートに柔らかい音を響かせるなんて、なかなかいい感じです。途中から聴いた1stステージは、すぐに終わってしまいました。



ようやく暮れかかって、たんころりんが美しく光りはじめた街を少し巡ったあと、次のステージ前なのにギターラの音が聴こえる旅館をのぞいてみると・・・思いがけない出会いが待っていました。空耳のお2人と楽しそうに言葉を交わす和服姿の女性は、なんとファド歌手の津森さん!やはり彼女も、この町と音楽に魅かれて訪れた旅人の一人でした。



たくさんのキャンドルの光が揺れる中、2ndステージは、ギターラとギターのデュオに始まり、味わい深い大西さんのギターソロを経た後、うれしいサプライズとして、津森さんの飛び入り参加まであり、30分という短めのステージながら、充実度の高い演奏内容でした。和服と和の空間、という組み合わせは、ファドではもちろん普段お目にかからない光景なのに、少しも違和感がないのは、キャンドルにノーマイク、というスタイルが、まさにファドのそれだからでしょう。



ステージの合間には、津森さんや、知り合ったばかりの空耳ファドのお二人、そして玉田屋のご主人と、通りを散策したり、他の参加者のステージを楽しんだりと、すっかりこのイベントの魅力にはまってしまいました。空耳の西邑さんは、ギターラという珍しい楽器を弾かれるだけあって、ファド以外の音楽にも造詣が深い様子でしたし、玉田屋の御主人が実はかなりのブラジル音楽好きだったことがわかって、見えない力にひかれてこの場に集まった人たちのつながりを実感。

かなり幸せな音楽的経験のあと、玉田屋さんのこんな言葉が印象に残りました。足助をもっと純然たる宿場町の雰囲気にしようという動きもあるけど、いろんな時代の生活様式が混在する今の姿の方が、ずっと魅力的に思える、と。言い換えれば、生活の匂いを無理矢理消してしまった町は、芝居の書割のようなもので、人の力を失う、ということでしょうか。余所者には気付きにくい視点だけに、はっとさせられました。

足助が今の姿を保ち続ける限り、「たんころりん」もまた、魅力的な人のあつまるイベントであり続けるのでしょう。次の機会も、また訪れてみたいものです。

*** 追補 ***
ファディシュタの津森あかね改め津森久美子さんは、活動拠点を関西に移し、さらにファドへのかかわりを深めていくということです。これから、エスキーナ・ド・ソンとのライブ機会も今まで以上に増えそうだということですので、今後の活躍がいまから楽しみです!
2007.06.10 たんころりん

でんきをけして、スローな夜を。豊かな暗さ、たんころで。

豊かな暗さ、なんて、いいキャッチフレーズですね。
もはや明るいばかりが豊かさではない、と気付きつつも、まだまだ心のどこかでは、「暗いとビンボーくさい」という昭和な気分を引きずり、家の電球を換える時は明るいランプにしたくなるし、車のヘッドランプもハロゲンよりHIDの方が高級そうに見えてしまう我々。

もういい加減そんな意識は変えませんか?と問いかけてくるのが、数年前より足助町で行われている「たんころりん」というイベントです。「たんころりん」とは、竹で編んだ筒状のカゴに和紙を張った行灯のような灯具の名前なのですが、当日は、街のそこかしこに、この「たんころりん」が置かれ、そのほの暗い明かりを生かした催し物が、地区内の各所で行われるようです。

といっても私のことですから、このイベントに注目しているのは音楽が面白そうだからでもあります。古楽器バンドや津軽三味線、ケルティック・ハープなど、伝統楽器を中心としたライブが行われる中で、愛知のファド・ユニット、「空耳ファド」の演奏も予定されています。この地方で、ポルトガル・ギターが聴けるという機会自体稀少ですが、それが三河の古い宿場町の落ち着いた雰囲気の中で味わえるなんて、かなり魅力的です。

Event : 豊かな暗さ「たんころりん」
Date : 2007/06/16(sat)
Place : 愛知県豊田市足助町内各所

イベントの詳細はこちらから↓
たんころりんNews!



三河&楽器つながりでもう一つ。こちらは岡崎ですが、市民会館の丘のすぐ南側に、「石原邸」という江戸時代に立てられた民家があり、母屋の一部がカフェとして利用されています。歌手の吉村織絵さんのライブを聴いたことが縁で知ったこの古民家ですが、なかなかいい場所だということなので、行ってみました。


かなり汗ばむような暑さの日でしたが、やはり、本来の日本家屋は夏向きです。深い庇と縁側、炊事の土間をもつこの家の中を、気持ちの良い風が吹き抜けて行きます。ちょうど他のお客さんが帰ったところで、広い座敷に一人佇んでいると、時間の流れさえ変わってしまったかのよう。


と、そこへ、耳をくすぐるかすかな音色。戸棚に仕込まれたオーディオから流れるその音は、ポルトガルギターの音に違いありません。音域の近い伴奏楽器は・・・マンドリン?たしか、マリオネットという関西の先駆的なユニットが、この組み合わせだったはず。CDを教えていただいたら、96年にオーマガトキから出た3rdアルバム「ルジタニア憧憬」でした。古民家には、ポルトガルギターが馴染むのでしょうか。

Cafe : 江戸期古民家 石原邸
Place : 愛知県岡崎市六供町杉本70

CD : マリオネット 「 ルジタニア憧憬」
オーマガトキ / OMCA−5

シコ・ブアルキ(Chico Buarque)といえば、MPBの重鎮であるにもかかわらず、本人のへなへなしたヴォーカル(失礼)と朴訥とした印象のサウンドのせいで、最初はなかなかとっつきにくいアーティストかもしれません。
しかし、やはりシコは曲がいい!という紛れもない事実を、あらためて認識させてくれるアルバムが、この"Noites de Gala, Samba na Rua"です。あれっ、"Olha Maria"って、シコ・ブアルキも共作者だったんですね!恥ずかしながら、今頃知りました。

そして、とにかく素晴しいのが、モニカ・サウマーゾ(Monica Salmaso)の表現力。シコの曲の魅力を、2倍にも3倍にも増して伝えてくれます。まるで全ての曲が、モニカの独特なクール・ヴォイスを想定して書かれたかのような、あまりに自然な一体感。ヴォーカルの最初の1フレーズを聴いたとたん、残りの全てに全幅の信頼を置けてしまうほどです。

モニカ・サウマーゾは、おそらく、現時点では最高のシコ・ブアルキ作品の理解者ではないでしょうか。あるいは、表現においては、本人以上かもしれません。
バックを固めるパウ・ブラジル(Pau Brasil)の演奏も、凝り過ぎず、しかし凡庸に陥らず、最高の技量を持ってシコの音楽に相応しい背景を描き出しています。

文句のつけようもなく、私にとって最良のアルバムの一つになりそうです。こんな音楽が生で聴けたら、それこそ昇天ものですね。


もう一つ、モニカ・サウマーゾ絡みの作品を。こちらは、フルーティストにしてマルタカ(Martaka)社長のレア・フレイリ(Lea Freire)のオーケストラ作品"Cartas Brasileiras"です。
さすが社長。幅広い人脈を活かして超豪華なメンツを集めて贅沢なサウンドを作り上げています(その代わり、CDも贅沢なお値段・・・)。

しかし私がこのアルバムをチェックしていたのは、唐突に挿入された異色のトラック、モニカ・サウマーゾとレア・フレイリ(なんとピアノ担当)のデュオが収められていたからです。ただ、試聴サイトにこの曲はアップされておらず、ずっと気になっていたので、サンバタウンに入荷した時、真っ先にこの曲からチェック!

おおっ、この微妙な和音は?一瞬、アンドレ・メーマリかと思いました。レアの豊かな音楽的背景が、静かに透けて見えてくるようなプレイです。長めの前奏のあと、モニカ・サウマーゾのハイトーンのヴォカリーズが重なり、瞬時に至福の時が訪れました。もう、それ以上は試聴の必要はありません。

後ほどクレジットをじっくり眺めていたら、今作品中の別の曲でアンドレ・メーマリも起用されていることに気付きましたが、他の沢山の楽器の音にマスキングされて、彼のピアノの音は殆ど聞こえません・・・もったいない、というか、つくづく贅沢なアルバムです。

CD:
Monica Salmaso "Noites de Gala, Samba na Rua"
Biscoito Fino / BF 683
試聴ページ→Biscoito Fino

CD:
Lea Freire "Cartas Brasileiras"
Maritaca / M 1025 - CB 7898909537 245
試聴ページ→Maritaca