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このところ、ブログが停滞気味なのは、突如名古屋からよそに移らざるを得なくなり、あたふたしていたからなのでした。そんなぁ!せっかくエスキーナの名古屋公演も決定して、これから面白くなると思ってたのに・・・と、心で愚痴っても、状況は変わらず。まあ、でも、11/30は名古屋にいるつもりです。みなさん、是非是非ライブにお越しください!

もう、半月ほど前になりますが、松田美緒&ジョアン・リラのライブを観ました。煮詰まってる時に、音楽に和らげてもらおうなんて考えると、かえって音楽を台無しにしかねないけど、そんな時でも、松田美緒の歌を聴いてみよう、という気分になったのは・・・自分にとって、彼女の歌は、距離を置いて聴けるものだから、かもしれません。

その距離感は、多分ほとんどは、松田美緒の音楽への係わり方〜共感した音楽の現場に身一つで飛び込んで、自らの血肉に換えて還ってくる〜の激しさと速さに、リスナーとしての私が追いつけないために、生じているのでしょう。
しかし、そうとは言い切れない感覚があるのも、また確か。どうして、遠くから聞こえる感じがするのか。実は松田美緒のライブをまともに聴いたことがまだなかったので、気分転換も兼ねて、その音と世界観に浸ってみることにしました。

新譜"Asas"は試聴していなかったので、ジョアン・リラがギターで入るサウンドは思いっきり北東部寄りなのかと思っていたら、日本の歌からファドまでを包括する、ワールドワイドな内容でした。そして、ライブを聴いて初めて、自分の一つの思い違いに気付きました。

今まで、松田美緒の音楽は、彼女が新たに感性を揺さぶられる世界に出会う度、身軽に越境してスタイルを変えているのだと・・・音楽的ジプシーなのだと、思いこんでいたのですが、そうではなくて、新たに知りえた世界は、既知の世界を壊すことなく付加され、彼女の視点は、それら全体を見下ろす位置へと上昇し続けているようなのです。
あるいはもしかすると、松田美緒には元々そういう視点があるのであって、遠い感じは、その視野の大きさが原因だったのかもしれません。

そして、今このステージで歌われるファドは、2拍子ではなく、一度完全に消化融合され、彼女(とジョアン・リラ?)の感性によって再構築された歌なのでした。
ファドのリズム感から離陸したその歌は、やはりファドなのでしょうか?いや、むしろ他の歌と同じく、既に松田美緒の歌、なのだと感じられました。
でも、欧州ポルトガル語の柔らかな発音で歌うその曲は、彼女の声質により合っているようで、とてもきれいに聞こえました。

ルゾフォニアの音楽を俯瞰し、ヴィラ・ローボスと武満徹に共通項を見出す彼女の世界観が、一番効果的に発揮されていたと個人的に感じたのは、土着の歌より、作曲家によって構築された曲の方でした。特に、ヴィラ・ローボスは、お世辞抜きで素晴らしかった。こんなに自由で広がりのあるヴィラ・ローボスは聴いたことがありません。

その上、なんといっても、ジョアン・リラのギターが最高でした。一瞬で、全体を「音楽」へと引き込んでゆく力は、さすが、としか言いようがありません。こんな人物を、オリジナルのコンセプトで納得させて日本に引っ張ってきてしまうのだから、松田美緒もすごい人ですね。

しかしジョアン師匠、なかなかキビシーです。ギターと声がきれいにハモらないと、表情が曇ってしまうし、やはり、生粋の音楽人なのでした。