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2005.07.31
"THIS"という音世界
LIVE >> THIS TO ASOBO
DATE >> 2005/07/30
PLACE >> 古書と茶房 ことばのはおと(京都・大黒屋町)
http://www.kotobanohaoto.com/
PLAYER >> THIS = MISA x SAIKOU
http://www8.ocn.ne.jp/~thisis/
こういうところは、つくづく京都らしいなぁ、と思ってしまう。パイオリンとキーボードによるインプロビゼーション・ユニット、"THIS"と、当日店にきたお客さんが、一緒に音を出してしまおうという企画が、上京区の町屋カフェで行われた。なんだかわかんないけど面白そうだゾ、ということに場所と機会を提供する寛容さと好奇心の強さは、たぶん、京都が千年単位で積み上げてきた歴史の美点なんだろう。そして、ちゃんとお客さんが集まるところが、またすごい。価値や評価の安定したものに金や人が集中する名古屋の文化とは、かなりの違いだ。THISとしても、オーディエンスとのセッションは経験がなく、この企画は、カフェのオーナーの方の発案によるものらしい。
なんでもいいので、生音を出せる楽器の用意を、ということなので、ロクに叩けないパンデイロをさげていった。店の中は畳敷きで、まるで親戚の法事にきたような雰囲気。真ん中に、THISの用意した民族系の楽器がいくつか転がっていたりする。それを使ってもいいということらしい。さーて、一体どんなライブになるんだろ?
いざ、やってみると、やっぱり、なんでもありっていうのは、砂漠の真ん中で道を探すようなもので、みんな音が途方に暮れてる感じ。そこで、THISの宮嶋さんがアドバイス。「音の大小にこだわらず、一音一音感情を載せるように出してゆくと、だんだん入っていけますよ。」なるほど!さすがはプロの一言。みんなそれぞれに何か掴んだらしく、俄然音が盛り上がってきた。なんとか、インプロの世界の入り口は覗けたかもしれない。
2ndセットは、THISの2人によるライブ。現代曲のような完全なインプロから、既存曲の変奏、或いは自作の歌まで、何にも似ていないサウンドが、昼下がりの京町屋を満たした。そういえば、「アルゼンチン音響派」という、くくりともいえないあの言葉によって呼ばれている、アーティストたちがいることを思い出した。彼らの世界の自由度や独自性に対峙できるだけの音楽的力を、THISのサウンドは持っている。でも、当のお2人は、彼の国の音楽事情はまるでご存知ないそうだ。いや、あるいは、もう知っていると言えるのかも。音楽の源泉近くにいることによって。
DATE >> 2005/07/30
PLACE >> 古書と茶房 ことばのはおと(京都・大黒屋町)
http://www.kotobanohaoto.com/
PLAYER >> THIS = MISA x SAIKOU
http://www8.ocn.ne.jp/~thisis/
こういうところは、つくづく京都らしいなぁ、と思ってしまう。パイオリンとキーボードによるインプロビゼーション・ユニット、"THIS"と、当日店にきたお客さんが、一緒に音を出してしまおうという企画が、上京区の町屋カフェで行われた。なんだかわかんないけど面白そうだゾ、ということに場所と機会を提供する寛容さと好奇心の強さは、たぶん、京都が千年単位で積み上げてきた歴史の美点なんだろう。そして、ちゃんとお客さんが集まるところが、またすごい。価値や評価の安定したものに金や人が集中する名古屋の文化とは、かなりの違いだ。THISとしても、オーディエンスとのセッションは経験がなく、この企画は、カフェのオーナーの方の発案によるものらしい。
なんでもいいので、生音を出せる楽器の用意を、ということなので、ロクに叩けないパンデイロをさげていった。店の中は畳敷きで、まるで親戚の法事にきたような雰囲気。真ん中に、THISの用意した民族系の楽器がいくつか転がっていたりする。それを使ってもいいということらしい。さーて、一体どんなライブになるんだろ?
いざ、やってみると、やっぱり、なんでもありっていうのは、砂漠の真ん中で道を探すようなもので、みんな音が途方に暮れてる感じ。そこで、THISの宮嶋さんがアドバイス。「音の大小にこだわらず、一音一音感情を載せるように出してゆくと、だんだん入っていけますよ。」なるほど!さすがはプロの一言。みんなそれぞれに何か掴んだらしく、俄然音が盛り上がってきた。なんとか、インプロの世界の入り口は覗けたかもしれない。
2ndセットは、THISの2人によるライブ。現代曲のような完全なインプロから、既存曲の変奏、或いは自作の歌まで、何にも似ていないサウンドが、昼下がりの京町屋を満たした。そういえば、「アルゼンチン音響派」という、くくりともいえないあの言葉によって呼ばれている、アーティストたちがいることを思い出した。彼らの世界の自由度や独自性に対峙できるだけの音楽的力を、THISのサウンドは持っている。でも、当のお2人は、彼の国の音楽事情はまるでご存知ないそうだ。いや、あるいは、もう知っていると言えるのかも。音楽の源泉近くにいることによって。
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