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LIVE : Esquina do Som & 津森久美子
PLACE : Manuel Casa de Fado
DATE : 2007/11/28(wed)

直前打合せを兼ねて、エスキーナ・ド・ソン&津森久美子のライブ@四谷マヌエルへ。

大して段取ることもないように思えて、実際は調整事項が発生。
それに気を取られていたせいで、はっきりわかっていなかったけど、家に帰って一息ついたら、今日のライブが、いつもとは違っていたことに改めて気付いたのでした。

あ、今日は、音がすぐそばにいた。

もちろん、今までだって、いいと思って聴いてたのだけど、まだどこか海の向こうの音であって、外国の空港に降り立ったときに感ずるような、違和感を伴っていました。
でも今日は、言葉も音も、すべてが温かい流れとなって、気持ちのよいシャワーを浴びるように、浸っていられたのでした。

どの音楽にも起こりうる、あの時がやってきたのでしょうか。
ひたひたと静かに満たされつつあったファドの海が、壁を越えて、とうとうこちら側へと。
それとも、暫く聴かないうちに、エスキーナと津森さんの音楽が、演奏技術とは別のところにある、音楽のソウルを見せてくれるような、潤沢なものへと変化しているのでしょうか。
どちらもそうであるなら、幸せなのですが。

いよいよ明日は名古屋です。そして、この日まで知りませんでしたが、エスキーナの今年最後のライブです。
どんな音が聴けるのでしょうか。なんだか、不思議な気分になってきました。
このところ、ブログが停滞気味なのは、突如名古屋からよそに移らざるを得なくなり、あたふたしていたからなのでした。そんなぁ!せっかくエスキーナの名古屋公演も決定して、これから面白くなると思ってたのに・・・と、心で愚痴っても、状況は変わらず。まあ、でも、11/30は名古屋にいるつもりです。みなさん、是非是非ライブにお越しください!

もう、半月ほど前になりますが、松田美緒&ジョアン・リラのライブを観ました。煮詰まってる時に、音楽に和らげてもらおうなんて考えると、かえって音楽を台無しにしかねないけど、そんな時でも、松田美緒の歌を聴いてみよう、という気分になったのは・・・自分にとって、彼女の歌は、距離を置いて聴けるものだから、かもしれません。

その距離感は、多分ほとんどは、松田美緒の音楽への係わり方〜共感した音楽の現場に身一つで飛び込んで、自らの血肉に換えて還ってくる〜の激しさと速さに、リスナーとしての私が追いつけないために、生じているのでしょう。
しかし、そうとは言い切れない感覚があるのも、また確か。どうして、遠くから聞こえる感じがするのか。実は松田美緒のライブをまともに聴いたことがまだなかったので、気分転換も兼ねて、その音と世界観に浸ってみることにしました。

新譜"Asas"は試聴していなかったので、ジョアン・リラがギターで入るサウンドは思いっきり北東部寄りなのかと思っていたら、日本の歌からファドまでを包括する、ワールドワイドな内容でした。そして、ライブを聴いて初めて、自分の一つの思い違いに気付きました。

今まで、松田美緒の音楽は、彼女が新たに感性を揺さぶられる世界に出会う度、身軽に越境してスタイルを変えているのだと・・・音楽的ジプシーなのだと、思いこんでいたのですが、そうではなくて、新たに知りえた世界は、既知の世界を壊すことなく付加され、彼女の視点は、それら全体を見下ろす位置へと上昇し続けているようなのです。
あるいはもしかすると、松田美緒には元々そういう視点があるのであって、遠い感じは、その視野の大きさが原因だったのかもしれません。

そして、今このステージで歌われるファドは、2拍子ではなく、一度完全に消化融合され、彼女(とジョアン・リラ?)の感性によって再構築された歌なのでした。
ファドのリズム感から離陸したその歌は、やはりファドなのでしょうか?いや、むしろ他の歌と同じく、既に松田美緒の歌、なのだと感じられました。
でも、欧州ポルトガル語の柔らかな発音で歌うその曲は、彼女の声質により合っているようで、とてもきれいに聞こえました。

ルゾフォニアの音楽を俯瞰し、ヴィラ・ローボスと武満徹に共通項を見出す彼女の世界観が、一番効果的に発揮されていたと個人的に感じたのは、土着の歌より、作曲家によって構築された曲の方でした。特に、ヴィラ・ローボスは、お世辞抜きで素晴らしかった。こんなに自由で広がりのあるヴィラ・ローボスは聴いたことがありません。

その上、なんといっても、ジョアン・リラのギターが最高でした。一瞬で、全体を「音楽」へと引き込んでゆく力は、さすが、としか言いようがありません。こんな人物を、オリジナルのコンセプトで納得させて日本に引っ張ってきてしまうのだから、松田美緒もすごい人ですね。

しかしジョアン師匠、なかなかキビシーです。ギターと声がきれいにハモらないと、表情が曇ってしまうし、やはり、生粋の音楽人なのでした。
エスキーナ・ド・ソン名古屋ライブまで、あと2ヶ月半。まだ時間は充分、なんて思ってると、その日はあっという間にやってくるので、差し出がましくない範囲でのプロモ活動は始動しないと。しかし、経験はゼロ。さて、何しましょう?
とりあえず、フライヤーのタタキを作りましたが、いくつか情報が足りないのと、やはり内容確認はとっておきたいところ。エスキーナの音は、半年ほどご無沙汰ということもあって、ライブにお邪魔して軽く調整させていただくことにしました。

で、西荻窪。残暑きびしいお昼の住宅街。目指すカフェはどこ?と、キョロキョロしてたら、目に飛び込んできたのがこのポスター↓


あ!やられた・・・もう、そのまま帰っちゃおうかと思ったくらい。
なんてシンプルで訴求力のある表現。伝えたいことを一つのイメージに託してしまうという、こういう割り切りは素敵なんですよね〜。なぜなら、センスないとできないので。

それに比べると、こちらで用意してるのはまるで取り扱い説明書。まあ、でも、しょうがないじゃん、センスないんだから♪という割り切りも必要ですね。時には・・・というより、ほぼ常に。

この日まで、夜、昼&夜、というハードなライブをこなしてきているはずのエスキーナ・ド・ソン & 津森久美子は、疲れもみせず、それどころか、とても充実したライブを聞かせてくれました。
特に、津森さんは、最近、よりリラックスした声の出し方になってきていると感じられます。先月のたんころりんの時に、あれっ、と思ったのですが、気のせいでもPAのせいでもありませんでした。改名までしてファドに集中しようという意気込みは、本物ですね。



作成中の取説・・・じゃない、フライヤー用にライブの写真を撮らせていただき、また、名古屋ライブの詳細をお聞きして、ようやく準備が整いました。内容もエスキーナのお2人にチェックして頂いたので、加筆・修正済み次第、心当たりの場所にフライヤーを置いていただこうと思っています。
また、その際にはこちらに情報もアップしますので、ご興味のある方は、ぜひライブにお越しください。

今日のライブ会場"COFFEE & EAT INN toki"は、内装の手作り感とキッチンの匂いが、どことなくCafe Dufi的で、近くに住んでたら間違いなく入り浸りになりそうな暖かい雰囲気の中、ライブ後の時間をまったりと過ごしました。なんでさっさと帰らずゆっくりしてたかというと・・・



その夜、同じ西荻で、もう一つのライブを欲張ってしまったから。久しぶりのスパコネ!しかも私の好きな、オリジナルメンバー(正調スパコネと呼ぶらしい)。プロミュージシャンにも一目置かれるこのトリオが、かなりリーズナブルなチャージで聴ける「音や金時」もいい場所です。祝9周年!

いろいろメンバーを加えたり、メンバー個人の活動も多岐にわたったりと、環境が変化しているスパニッシュ・コネクション(Spanish Connection)ですが、要の3人が目指す音楽の方向性(あくまで聴く側の耳にとっての)が、デビュー当初より全くぶれてないことを思い知らされて、感動。
それどころか、ますます深度化して磨きの掛かった超絶アンサンブルは、カッコいいわスリリングだわで、口開けっ放しで聴いてるほかありませんでした(だらしない図柄で失礼)。ハイテンションの演奏の合間に来るおちゃらけたMCとのギャップも、また絶品!ごちそうさまでした。

思い返せば、エスキーナのお2人にも、津森さんにも、巡り会うきっかけとなったのは、スパコネのバイオリニスト、平松加奈さんが出演した、四谷マヌエルでのファドライブでした。あれからほぼ1年を経て、幸運にもこの場所で、一つの環が音楽によってつながりました。

そしてまたここからは、それぞれの日々と音楽が、それぞれの思いに導かれて、どこかへ。
そういえば、ファドって、「運命」って意味でしたっけ。



Live : Sempre que Lisboa canta
Date : 2007/09/09(sun)
Place : COFFEE & EAT INN toki

Live : Spanish Connection
Date : 2007/09/09(sun)
Place : ライブハウス 音や金時


※付記 : 12月中旬に名古屋でスパコネのライブがあるそうです。詳細は未定。エスキーナのライブを楽しんだ後は、こちらも是非どうぞ。
LIVE : Unicla(ゆにくら)
PLACE : 小樽倉庫No.1(小樽・港町)
DATE : 2007/08/18(sat)



ジスモンチのライブの2日前。札幌駅。22:00。
青森行き「急行はまなす」は、ハイシーズン用の増結編成ながら、満席状態でホームを離れようとしていました。東京のトリトンスクエアを経由する、長い復路へ向けて。
指定席は、運悪く電源車。列車速度に関係なく、車内は常に発電機のエンジン音で満たされていましたが、耳にはまだ、1時間ほど前、小樽で聴いたクラリネットとギターの音色が残っていました・・・

「北海道 ショーロ」というキーワードで、何気なくネット検索したことが、最初は漠然と北を目指すつもりでいたこの旅の日程を決めてしまいました。あの地にも、ブラジル音楽を愛し、ショーロを演奏する人たちがいるなんて。最近の中原仁さんのブログ記事(→cf : ブログ記事「仲原仁のCOTIDIANO」)を拝見したら、「最近ショーロを演奏する日本人が増えているだろう?」とジスモンチが言っていたと書かれていましたが、ブラジル人アーティストにまで認識されているその状況に、間違いはないようです。

ちょうど神戸あたりの街のように、山と海に挟まれた小樽は、市街地が散歩で廻れるくらいの規模で、駅前から港方行へ大通りを1kmほど真直ぐ下りきったことろに、小樽運河がありました。運河沿いの建物群は景観整備され、目指す「小樽倉庫No.1」も、そのうちの1つをレストアしたものでした。

地ビールと、北海道産の素材を使った食事を提供し、ライブを聞かせるというエンタテイメント性の高いお店には、定期的に何組かのアーティストが出演しているようですが、この日のお目当ての「ゆにくら」は、ショーロとミュゼットを演奏する、クラリネットとギターのデュオです。パンデイロ等の打楽器を安易に加えていないところも、興味をそそられる部分でした。

日没間近になって、日が射してきた小樽の街の一角で、ショーロが流れ始めました。
あ、このストレートさ、すごくいい感じ。腕利き登場、みたいなノリではなくて、クラリネットの音色を最大限に活かしつつ、アンサンブルのバランスを大切にする演奏です。
でも、ギターの飛澤さんの作り出すリズムが素晴しく、曲によっては、複数のパターンのリズムが重ねられた後、次第に旋律の動きを増してゆく長崎さんのクラリネットと共に、郷愁を漂わせながら盛り上がっていくシーンもあり、期待をはるかに上回るサウンドに浸ることができました。

1stステージ後、CDを購入しようとしたら、ゆにくらのお2人とお話ができたので、ブログ用に写真を撮らせていただく許可を得ました。



クラリネットの長崎さんは、最近のテクニカルなプレイヤーたちではなく、往年の名ショラゥン、アベル・フェレイラ(Abel Ferreira)を聴いてショーロに魅かれたということですが、なるほど納得。
あ、間違っても、フェレイラがテクニカルでないという意味ではありません!雰囲気というか、ショーロらしい香りを感じさせてくれるというか。リスペクトすれば、それはやはり何らかの形で演奏にでてくるものなのですね。

ギターの飛澤さんは、実は前日に別ユニット(ボサノバ系)のミニコンサートでも聴かせていただいていましたが、どちらを聴いても、しっかりブラジルを感じさせるリズムが印象に残ります。他にも、いくつかのブラジル系音楽ユニットに参加されています。よく思うのですが、これは演奏技術云々以前の資質の問題のような気がします。ブラジル音楽独特の、少しもつれるような、それでいてどこか聴く者を煽るような、リズムを造り出せるというのは。

30分ほどのインターミッションを挟み、セカンド・ステージがスタート。
フォーマットの決まっているショーロのスタンダードに対し、自由度のあるオリジナル曲の良さに気付きました。ショーロ以外のブラジル音楽や、ミュゼット、もしかするとマヌーシュ・スウィングのエッセンスもちりばめられ、演奏も練られていて、あちこちに聴く楽しさがあります。
意外なところでは、エルメート・パスコアルの"Chorinho pra Ele"なども演目に加えられていましたが、このユニットらしく、節度のある演奏で、楽曲の良さを伝えてくれるものでした。

できるなら、そのまま3rdステージも聞きたかったけど、札幌発の夜行に乗るため、ここでおいとまし、駅への坂道を戻っていきました。

列車の走行音に重なって、記憶に残っている音がゆっくりと反芻します。いい音楽でした。そう思うのは、それがこの地に無理なく根付いていると感じる音楽だったから。東京や、大阪のショーロとはまた一線を画す、おおらかで繊細な音の流れ。それは北海道という土地が育んだものかもしれないし、あるいはまた、「ゆにくら」しか創り出せないサウンドなのかもしれません。





※アーティストのHP等ありますので、リンクを張っておきます。

ゆにくらのHP。演奏スケジュールや、ライブ後記のほか、CDの購入ページもあります。試聴有り!▼
旅する哀笑のクラリネットunicla 〜ゆにくら〜

ブラジルもジャズもOK!な飛澤さん(ギター)のHP。スケジュールのコメントが面白すぎ!▼
BOSSA NOVA GUITARIST TOBY'S HOME PAGE

ゆにくらが出演している「小樽倉庫No.1」▼
小樽ビール発祥の地 小樽倉庫No.1


次回はさらに時間を遡って、見聞きしたものを書く予定です。
LIVE : EGBERTO GISMONTI-SOLO CONCERT
PLACE : 第一生命ホール(東京・晴海)
DATE : 2007/08/20(mon)



珍しく北を目指した旅を、東京で閉じようとしていました。晩夏の積乱雲が、音もなく夕空に大きく立ち上がる中、トリトンスクエアの第一生命ホールへゆっくりと向かいました。

エグベルト・ジスモンチ。16年ぶりのソロ・コンサート。言わずと知れた、ブラジル音楽の鬼才。
言わずと知れた?本当に?彼についての一体何が、正確に知られているというのでしょうか。私自身はといえば、熱心にCDを聴いたこともなく、その鬼才ぶりについても、限られた有名曲以外は、無知に等しい状況でした。

今までの経験からして、たいてい、良い曲というのは、ほぼ誰の手を介しても、創り手の特徴を何らかの形で伝えてくれました。でも、ジスモンチについては、曲の源流への遡行が不可能でした。何かが邪魔している、のではなく、霧に巻かれたように、方向さえ見当たらない感じ。聴こえる音はこんなに明晰なのに、なぜ?そんな思いを抱えたまま、ついに本人の演奏を聞く日を迎えました。

オーバルのホールは、器楽曲を聴くのにちょうどよい大きさ。いつもほどではないけど、見知った方の姿もちらほら。おそらく、それぞれの人が、それぞれに違った期待を抱いて集まってきているはず。こういう時、人の考えが覗ければ、かなり面白いと思うのですが。

ピアノが座っているステージに、10弦ギター2本(遠くからはそう見えた)を抱えてジスモンチが現れました。あまり余計な間をおかず、すぐにステージが始まりました。
えっ、な、なんだ?この弾き方は。左手で旋律、右手でリズム・・・倍音・・・ハーモニクス・・・超高速アルペジオ・・・特殊な奏法が自由自在。いや、でも、凄さを感じるのは、全然そんな部分じゃない。

凄腕ギタリストにもいろいろタイプはいるけど、この人は何か根本的に質が違う。フリージャズや現代音楽の精神性とはまた違うところで、ギターの表現力を極限まで使って、自由に音を遊ばせ、広げ、しかしそこには、信じられないことに、一音たりとも冗長な部分はなく、最終的には何か一纏りの巨大な音像となって聴き手に迫ってくるのです。そう、ちょうどここへ来る時見た、雲のような、とらえどころのない質量と美しさを伴って。



次々に迫ってくるスペクタクルな音楽的ハプニングによって、全身の細胞という細胞をざわめかせて止まないギタープレイの前半は、あっと言う間に終了。今目撃したばかりの出来事に対する、聴衆のざわめき。しかし、余韻に浸る余裕を与えぬまま、短いインターバルを挟んで、すぐに後半が開演しました。

後半は手ぶらで入ってきて、ピアノ。腰を据えるのと手を置くのがほぼ同時という感じで演奏がスタート。今度は、隣の人が固唾を飲むのが分かるくらいの間を時に置きながら、叙情性も発揮し、しかしやはり、ピアノでしか作り出せない音像を立ち上げ、また別の色彩の光景が繰り広げられました。

ああ、これがジスモンチの音楽のありのままの姿なら、曲を通じてこの人を知ろうとすることは、不可能と言う前に、無意味なのかも知れません。楽曲がジスモンチを介して語られているというより、ピアノやギターのなかに潜んでいる何かが、ジスモンチを突き動かして、音像が実体化している感じですから。

ピアノのことば。ギターのことば。ブラジル訛の。
知っている曲と知らない曲の差異は、私にとって些細なことになってしまいました。

休憩時間の、すっかり青くなった夕闇の中、遠くの積乱雲に稲妻が走りました。激しい夕立を浴びるような経験、だったのかも知れません。こんな音楽に、今まで会ったことがないのは確か。もの凄いものを見ました。しかしそのような性質ゆえ、リズムや旋律が心の中に住み着くことはなく、一回限りの僥倖として過ぎて行くように思えました。

あすも夕立はやってくるのでしょう。しかし、その場所で、その場限りの出来事として、過ぎ去ってゆくのでしょう。





インパクトが強かった旅の最終日から、いきなり話が始まってしまいましたが、この旅では、他にも心に残る音楽に出会いました。
それについては、また、近いうちにここに書こうと思っています。


※TBいただいた方のブログを拝見しましたが、ジスモンチのライブレポのリンク集を作成されてました。
やはり、各人各様のとらえかたをされていて、面白いですね〜

cf : 至福の時〜ジスモンチ ライブレポート